
ーーAmber Pacificは2004年1月に結成され、Hopeless Recordとすぐ契約をしました。2003年のはじめまでは、「Follow Through」というバンドで活動していたのですが、Hopeless Recordと契約をしてから全ての時間を音楽活動に専念することに決めたのです。それからは2枚のEP、2枚のアルバムをリリースして成功しました。全部で16万枚以上のセールスを記録し、アルバム「Truth in Sincerity 」は全米アルバム64位になりました。Vansワープド・ツアーに参加し(Vansはスニーカーブランド)全米4カ所を周ったり、全米を数えきれないほどツアーしました。止まる事なく。そして最近になってVictory Recordsと新しい契約を結びました。今は、来年の春頃、5月下旬頃に発売予定の曲の制作準備をしています。

ーー今年はバンドにとってもっともつらい一年でした。ボーカルだったマット・ヤングが学校教育の運営に携わる仕事がしたいとメンバーを脱退しました。それからは彼の代わりを探すのに必死でした。まず250人以上の応募があってよかったのですが、なかなかふさわしい人物を見つけることができませんでした。それからYoutubeで有名歌手の歌をコピーして歌う人達に注目し、そこから隠れた才能のある人物を見つけようとしたのです。ほとんどの時間をそうした事に費やしました。そして現在のボーカルであるジェシー・コッサムを見つけたのです。彼にボーカルオーディションの参加を依頼し、最終選考3人に絞った中から彼が一番だと決めたのです。ボーカルだけでなく、ギターリストをデイビー・リスポリーに変えました。今が最高にいい状態です。少しでも早く多くの人達に僕らの音楽を披露したいですね!

ーー高校2年生の時に「Blink182」というバンドの曲を歌うコピーバンドを始めました。その時は友達のブレーク、タイラーの三人と一生懸命「Blink182」の曲を全て真似してました。その小さなコピーバンドは高校3年生の時にジャスティン・ウェストコットを加えて4人になりました。その頃に自分でオリジナル曲の作詞を始めました。そして若者に曲を披露するのに、地元のスタジオでデモの録音をしていました。それからマットにバンドのボーカルにならないか声をかけてみました。彼が同意したので、オリジナル曲3曲のメロディーを教えてレコーディングしました。自分たちの音楽の販売を開始してからは高校でのライブパフォーマンスだけではなく地元の小さなクラブでのライブも始めました。そこからAmber Pacificの全てが始まりました。

ーーバンドとしては日本や他の国に行った事がありません。しかし個人的に母方の親戚が日本なので、よく大阪に行きます。そして奈良や東京にも行った事があります。日本大好きですよ。お気に入りの一つは、電気屋に立ち寄ってアメリカよりも進んだ製品を見る事です。アメリカ人の誰よりもテクノロジーを知ったような感じがして、アメリカに帰った時のお土産話にもなっているんです。

ーーいろいろある願望の中で、ひとつの特定の夢を決めるのは難しいからわかならないね。ただ焦らずに一つずつこなして、常に感謝の気持ちを持っていたい。そしてバンドがこの2、3年でさらに成長して成功をし、日本のファンの前でライブができるといいね。





